本日は先日レンタルしてきた「ドラえもん のび太と竜の騎士」のレビューを。最近レビューばっかりだって?そんなコトはないでしょう。何ですか、その目は?(^^;

0点のテストをかくすため、ドラえもんのどこでもホールで偶然、地下に広い空洞を見つけてたのび太は、みんなをつれて地底探検に乗り出す。ところが楽しく遊んでいる最中にスネ夫がどこかに迷い込んでしまった!
 必死でスネ夫を探すのび太たちは、人食い人種ナンジャ族に捕らえられてしまう。危機一髪でのび太たちを救ってくれたのは竜の騎士のバンホーだった。
 みんなはスネ夫が首都のエンリルに保護されていると聞いて、バンホーと一緒に船旅に出かけた。
 美しい首都エンリルでスネ夫と再会したみんなは、バンホーの妹ローの案内で街を案内してもらう。
 しかし、みんなとはぐれたのび太は地底人たちが地上世界を征服しようとしていることを知って、みんなを連れて地上へもどろうとするが、またしてもナンジャ族につかまってしまう。
 そこに巨大な船が現れてのび太たちを6500万年前の地上に連れていってしまう。この巨大な船はなんとタイムマシンだったのだ!地底人たちはこの船で時間をさかのぼり、この時代の恐竜をほろぼした何かと闘おうとしていた。そうとは知らないのび太たちは「風雲ドラえもん城」にたてこもって立ち向かう。まさに戦いのまっただ中になんと巨大水星が落ちてきた…。
 果たしてドラえもんたちは助かるのか!? 地底人によって地上は征服されてしまうのか!?


(「映画ドラえもん25周年オフィシャルサイト」 http://dora-movie.com/top.html より引用)

「ドラえもん のび太と竜の騎士」は、映画「ドラえもん」シリーズの第8作。大長編が世間的にも定着し、次作「のび太の日本誕生」で記録的な大ヒットを起こす前年に製作された作品。まさに、ドラえもんブームの真っ只中に製作された作品である(現在でもそのブームは続いていると言ってもいいのけれども)。

今回のテーマはズバリ恐竜絶滅のナゾである。大長編ドラえもんシリーズの一つの流れとして、のび太やドラえもんたちがひょんなコトから事件に巻き込まれると言うモノがあるのだが、今作は「のび太が0点のテストを隠すため」というある意味おなじみのパターンが採用された。
それが「恐竜生存説」とどう繋がるのかは少々疑問なのだが、「絶滅したハズの恐竜は実は地底大陸で生きていた」(予告編より)といった今回のテーマに向かうための日常世界からの入り口は、この「のび太が0点を隠すため」というモノしかなかったのだろう。

作品的には上手くまとまっており、ストーリー的な破綻もないに等しい。この頃になると「ドラえもんはマンネリしている」といった見当違いな批評を行う評論家も出始めたが、一体何処を見ているのだろうか?

さて、一方本作のテーマである「恐竜絶滅のナゾ」のコトなのだが、本作では彗星衝突説を採用している。今ではすっかり通説になった説なのだが、実はこの作品が公開された1987年の時点では、「彗星衝突説」は一般的な説ではなく、「太陽異常説」や「天体爆発による放射能被害説」、はたまた「便秘説」など様々な説が世間を飛び交っていた。ところが、原作者の藤子・F・不二雄氏は、いち早くこの「彗星衝突説」を採用し作品に取り入れた。現在では主流となっているこの説を取り入れた藤子氏の功績は大きい。

ところで、「銀河超特急」の時にも書いたが、今作品も上手く伏線を描いている。
ここまで読んできて疑問に思ったことがあると思う。それは「何故恐竜たちは地底世界で生き延びていたのか?」と言うコト。
実はその答えは意外なところにあった。

毎回思うのだが、映画「ドラえもん」は謎解きの要素が散りばめられており、それをきちんと最後には解決するのが魅力だと思う。

その魅力と言う意味では、今回主題歌がいい。
「笑ってるキミは青空みたい」という歌詞など(著作権の問題が絡むとイヤなので詳しい歌詞は割愛)は胸にしみるモノである。

最後に一つ。もう気付いている方もいると思うが、作品中に登場する「風雲ドラえもん城」は、当時放送されていたある番組のパロディである。

そう言う意味でも、本作は大人が見た方が面白いかもしれない。

「ドラえもん のび太と竜の騎士」
原作・脚本:藤子・F・不二雄 監督:芝山努

ドラえもん:大山のぶ代 のび太:小原乃梨子
しずか:野村道子 ジャイアン:たてかべ和也 スネ夫:肝付兼太
バンホー:堀秀行 ロー:神代知恵 
主題歌:「ドラえもんのうた」(歌:大杉久美子)
    「友達だから」(作詞:武田鉄矢 歌:大山のぶ代 森の木児童合唱団)  

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